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東京地方裁判所 昭和31年(ワ)5194号 判決

原告 駒沢尚久

被告 日本ゴム工業株式会社

主文

原告と被告との間に昭和二六年一月二一日成立の被告を傭主とする期限の定めのない雇傭契約の存在することを確認する。

訴訟費用は被告の負担とする。

事実

原告訴訟代理人は主文と同旨の判決を求め、請求原因として、

(一)  被告はゴム製品及びビニール製品の製造等を業とするものであつて、原告は昭和二六年一月二一日被告と期限の定めのない雇傭契約を結び品川区平塚にある本社工場ゴム部門ロール職場において製練工として勤務していたところ、昭和三〇年五月一九日被告から次の事由ありとして懲戒解雇を言渡された。

(1)  原告は昭和二九年七、八月頃右工場のボイラー室において喫煙し三〇分ないし四〇分間無断で職場を離脱した。

(2)  原告は同年九月七日臨時工渡辺伊三が会社をやめることになつたことで職場を離脱し、伊藤係長を脅迫して同係長の作業を妨害し且つ同職場に混乱を生ぜさせた。

(3)  原告は同年一二月二八日ビニール職場に手伝に行つた際同僚露崎及び山崎を煽動して三〇分間に亘り、無断で職場を離脱した。

(4)  原告は昭和三〇年一月中旬頃臨時工荒川勝美に対し本工を希望することを強要し頭脳障害を惹き起させた。

(5)  原告は昭和二九年以降昭和三〇年五月一九日まで故意に屡々喫煙時間を引き延し職制から注意されたにも拘らず改めなかつた。

(6)  原告は昭和二九年以降昭和三〇年四月頃まで就業時間中上司の禁止命令に違反してアカハタを職場内に配布し職場内の静粛を害し、且つ一般職員の作業能率を低下させ一時的であつても職場を無断離脱した。

(7)  原告は昭和三〇年五月五日残業執務時間中ゴム配合職場に工員数名を集めて昼通し作業(正午から午後一時までの一斎休憩を廃止し交替で作業を継続すること)反対の演説をなし、同僚を煽動して会社の経営を阻害し且つ無断で職場を離脱した。

(8)  原告は同年五月九日業務命令に違反して職場委員会に出席し二〇分以上職場を離脱した。

(9)  原告は同年五月一一日昼通し作業準備会において会社の方針に反対し攪乱行為をした。

(二)  解雇無効の理由

その一、右解雇は就業規則の適用を誤つている。

即ち被告が解雇理由として主張する事実の内

(1)の事実は存在しない。

(2)の事実中同年九月七日の午後三時頃渡辺の件で伊藤係長に抗議交渉をなし、職場を離脱したことはある。渡辺は将来本工に採用されることを期待して入社した臨時工であつて、伊藤ら職員から本工に採用される見込のあることを告げられていた。ところが渡辺は右時刻頃伊藤から突然本工に採用されないと告げられたので、支部書記長の原告に苦情を申し出た。同日雇用期間が満了し、急を要する問題であつたので、原告はことの経過を明らかにし抗議のために伊藤職員と交渉したものであつて、支部書記長の職にあるものの行動として当然の行為に過ぎず、若干の職場離脱はやむを得ないところである。その際脅迫とか混乱とかは事実無根である。

(3)の事実中休憩が三〇分に及んだことはあつたけれども露崎、山崎を煽動したことはない。当日は寒かつたし、機械の故障もあつたので、暖かい原告らの職場の休憩所に赴いて、うつかり時間を過したのである。この点を情状を酌むべきであるし、また当時既に職制から注意されて陳謝し、ことが済んでいる。

(4)、(5)の事実はない。

(6)の事実中アカハタを工場内で配布したことはあるが、主として休憩時間又は終業後であつて、たまに就業時間中になされたのも他の用件のついでの際であつて、そのために作業を妨害したり、注意されたこともない。

(7)の事実はない。

(8)の事実中同日職場委員会に出席し午後の勤務時間に及んだことはある。原告は本部執行委員であつたので、当日ゴム職場の昼通し作業実施という重大問題を討議する職場委員会に、職場委員ではないけれども出席して意見も述べたいと考え傍聴した。午後一時になつたので、上司の大西班長に、も少しと断つて出席を続けたのであるが、十分位経つた頃同班長がきて伊藤係長がいけないといつていると告げたので、もうすぐ終るからそれ迄待つてくれるよう頼んでくれと依頼したところ、数分経つた頃伊藤係長が迎えにきたので一緒に職場に帰つたのである。したがつて無断で職場を離脱したのではないし、仮にそうでなくても情状は酌量されるべきである。

(9)の事実はない。

ところで被告会社の就業規則第五九条には懲戒を譴責、減給、出勤停止及び懲戒解雇の四種と定め、従業員の職場秩序を害する不都合な行動の内軽微なものについて、第六〇条に譴責、減給又は出勤停止に処する旨定め、その重いものについて第六一条に懲戒解雇に処すべきものを列挙している。そして第六一条はその但書に情状により減給又は出勤停止に処することがあると規定しているところから見れば、懲戒解雇は同条の列挙事由に当るもので、情状の悪質重大なものに限つていることが明らかである。

しかるに被告が懲戒事由として挙げた事実は存在しないもの、又はこれに該当しても軽微のもの又は古いものその他前記のとおり情状の酌量さるべきもので、懲戒解雇事由に該当しない。したがつて右解雇は就業規則の適用を誤つたもので、無効というべきである。

その二、本件解雇は不当労働行為である。

被告会社の従業員は日本ゴム工業株式会社労働組合(以下単に組合とよぶ)を組織し、本社に荏原支部を、足利市の足利工場に足利支部を置き、化学産業労働組合同盟、関東地方化学労働組合に加盟していたが(原告の解雇後脱退した)、原告は昭和二六年一月本工に採用されると同時に右組合に加入し、同年九月一〇日荏原支部代議員、同月二五日同支部委員、教宣部長、同年一〇月二日中央委員、昭和二七年二月二八日支部委員に再選、同年三月一日定期大会にて中央執行委員、同年六月二日支部委員に再選教宣部長同年九月九日支部委員に再選青婦対策部長、昭和二八年一月一八日中央執行委員解任、同年二月五日支部委員に再選教宣部長、四月一八日支部委員再選、昭和二九年二月六日定期大会にて中央執行委員教宣部長、三月一六日支部委員調査部長、六月一日支部委員書記長、昭和三〇年三月二日中央執行委員教宣部長(同年四月一五日支部委員任期満了解任)の組合経歴を有し、入社と同時に活溌な組合活動をなし、常に最も強硬且つ戦闘的な組合指導者であつたので、会社から強い敵意を持たれていた。ところが本件解雇の一カ月程前から会社はゴム部の職場においても昼通し作業を実施しようとしたが、これにより同職場の組合員の労働強化と実質賃金の減少を生ずるので、原告は極力その実施に反対したのである。ところが被告は組合内部に右実施につき意見の対立があつて組合の団結に弛みが見えたのに乗じ反対の急先峯である原告を嫌悪して企業から排除することを決意し前記のような無実の非行又は軽微な職場離脱に名を籍り、その実は組合活動を理由として懲戒解雇の処置に出たものである。したがつて右解雇は労働組合法第七条第一号に違反する無効のものである。

と述べた。(証拠省略)

被告訴訟代理人は請求棄却の判決を求め、答弁として原告主張の請求原因事実中

(一)の事実は認める。

(二)のその一、の事実中就業規則の規定の点は認める。

(二)のその二、の事実中組合の結成されていることは認めるがその余の事実は認めない。

原告は次のように就業規則に違反する非行があつたので、懲戒解雇は不当でなく、かつその理由で解雇したのであるから不当労働行為と見られるべき筋合はない。

解雇理由(原告主張の請求原因事実の(一)の(1)ないし(9)のとおりであるがなお具体的に附演する。)

(1)  原告は解雇理由(1)に記載のとおり喫煙室以外の場所であるボイラー室で喫煙し作業を怠り生産に障害を及ぼした。喫煙時間の厳守は職制から度々通告してあるのに拘らず原告は性格的に職制を軽蔑し、これに従わないもので、就業規則第六一条第八号の正当な理由なく職場を離脱し、作業を放棄した場合に当る。

(2)  解雇理由(2)のとおり

被告会社は昭和二九年九月臨時工の切替を実施した際大部分は期間の満了で退社したが渡辺伊三はその一人である。しかるに原告は自己の一存で同月七日職場を放棄し、伊藤係長に対し渡辺を退職させることは不都合だと脅迫的態度で約一時間に亘る吊し上げを行い同係長を威迫し、その職場を混乱させた。

原告がたとい支部書記長であつても勤務を一時間放棄したものであり個人の雇傭関係に容喙し係長を脅迫することは違法であつて、前記就業規則に該当する。

(3)  解雇理由(3)のとおり、原告は同年一二月二八日自己の属するロール職場からビニール職場に臨時応援に廻されたが、同職場の露崎、山崎の両工員を誘い、喫煙に名を籍りて各職場を転々と巡り歩き三五分間職場を放棄した。そして右両名は原告の迫力に常に怯びえていた関係上原告に追従したもので、原告の煽動、示唆による職場離脱であり、職場の係員が原告の所在を探したが容易に見当らずそのためにビニールレザー絞押作業は不能となつたもので、作業停止による会社の損害は大であつて、陳謝によつて事済にしたことはなく、また一片の陳謝で済む問題ではない。この職場放棄も右就業規則に該当する。

(4)  解雇理由(4)のとおり、原告はその頃女子臨時工荒川勝美が家庭の都合で今後二ケ月の雇傭期間の切替は困るから一ケ月にして貰い度いと希望した事実を知ると同女を訪れ本工を希望し永く会社に止まるよう執拗に強要した。

従業員が他の従業員の自由を抑圧し会社と従業員間に紛議を起させるような行動をとることは企業秩序を紊乱し職場の平和を害するもので就業規則第六一条第八号の暴行脅迫等によつて業務の運営を阻害する行為に準ずる不都合の行為であつて、同条第一二号の前各号に準ずる不都合の行為のあつたときに当る。

(5)  解雇理由(5)のとおりである。

被告会社では午前と午後の各一回作業の状況により巻煙草を一本を喫うに要する時間四、五分を喫煙時間として休憩を与えていたが、原告はその時間を故意に引き延し喫煙所又はその附近を漫歩して上司の指示命令に違反し反覆して作業能率を低下させた。原告の所属しているロール職場では昭和三〇年五月九日当時ロールのできる者は三名であつて一名の不在は作業に重大な支障を生じ能率が著しく低下することは原告のよく承知しているところでありながら原告の反抗的非協力的習性により故意にかかる行動に出たもので、これにより甚しく職場秩序を混乱させた。

右は就業規則第六一条第八号に当る

(6)  解雇理由(6)のとおりであつて、就業時間中の組合活動は禁止してあるのに拘らず原告はこれを無視しアカハタの配布を反覆したもので、他の従業員は原告の活溌な言動を恐れ原告に注意することができなかつたのである。

右のように勤務時間中職場を放棄し、職場の秩序を乱したのは就業規則第六一条第八号第一二号に当る。

(7)  解雇理由(7)のとおりで、被告会社は昭和三〇年五月五日昼通し作業の実施方法討議のため、組、班長会議を開いたところ、原告は組長らの不在を奇貨として、ゴム配合職場に工員五、六名を集め昼通し作業反対の演説又は説得をなし、当時既に会社と組合間には昼通し作業実施の諒解が成立していたのに、この方針に反対して従業員の勤労意欲を低下させ、もつて他の従業員を煽動して会社の経営を阻害し且つ自ら職場を放棄すると共に他の従業員の就労を妨げ会社の生産業務を一時停廃させた。

(8)  解雇理由(8)に記載のとおり二〇分以上無断で職場を放棄し、会社の作業を停廃させた。

これより先会社のビニール部門では昼通し作業を実施していたのであるが、会社の経営を挽回するために必要な措置でありゴム部門においてもこれを実施する必要のあることは組合側も諒承し荏原支部委員会は既に諒解していたのである。

原告は中央執行委員であり同委員会は昼通し作業問題を取り上げないことに決定していた。このような状態において同年五月九日ゴム部門に昼通し作業を実施するにつき職場委員会が開催された。そして作業の関係上職場委員会に出席する者は予め会社にその氏名を通告し諒解を得ることになつていた。原告は職場委員ではないので、出席する資格はないのに会社に無断で右委員会に出席した。

ところで前記のように原告はロール工場に勤務していたが、その作業は四名一組となつて実施するもので、一名の欠員は作業の実施を困難にし且つ著しく非能率となることは原告の熟知するところである。しかるに原告はこの事情を無視して職場委員会に出席し作業を放棄したので大西班長は原告に即時職場に帰り就業するよう命令したのに拘らずこれに従わず更に再度就業命令を伝えたのにこれに応ぜず約二〇分間就労を拒否した。このような悪質な業務命令違反は単なる遅刻、欠席と同視することはできないもので、故意に会社の経営方針を攪乱したものであつて、多数従業員の意思を無視し、原告の独善的見解を威力をもつて貫徹せんとする非協力的性格の徴表に外ならず、原告がかかる行動を軽微な職場離脱で問題とすべきでないと考えるのは健全な労使間の慣行を無視し継続的信頼関係を破壊させるもので使用者の断じて許し難いところである。

(9)  解雇理由(9)に記載のとおり更に同月一一日にも昼通し作業準備会において会社の方針に反対し攪乱行動に出た。前記のとおり昼通し作業は当時既に職場においても荏原支部も中央執行委員会も、その方針に同調していたのであつて、原告の個人的反対意見に基く行動が組合活動として是認されるわけはない。即ち組合活動は組織と責任ある統制を前提とすること勿論であるので、組合員個々の感情、衝動によつて自由行動が許されるとすれば企業がどのように攪乱されるか容易に理解し得られるところであり、かかる考え方は、反社会的、反企業的破壊的見解に出るものというべきで組合活動の本質を冒涜する不当な解釈である。

原告の右(7)(8)(9)の行動は就業規則第六一条第八号に当るものである。

原告の前記不当な行動に対してはその都度注意を与えたのであるが、表面はこれに従うような態度を示すようであるけれども事ある毎に無法を敢行するので、職場の班長、係長のもて余し者となりその所属組合すら原告を見放し同年五月一八日の荏原支部の大会では原告の退職はやむなしと確認するに至つたのである。

ここにおいて被告会社も意を決して懲戒解雇の処置に出たものであつて、就業規則の適用において何ら不当の判定を受けるべきところはない。

次に不当労働行為の主張に対しては、前記のように原告は口達者を迫力に物をいわせ計画的、継続的に一般従業員を煽動し、説服し、威迫して工場内の秩序を破壊し生産を甚しく阻害したのであつて、従業員たる適格を有せず継続的信頼関係を裏切り、最も好ましくない従業員として企業より排除するの余儀なからしめたものである。

かかる従業員を解雇することは社会的にも正当と是認されるものであり、かつその故に解雇したのであるから、これが不当労働行為と見られる筋合は毫も存しないと確信する。

と述べた。(証拠省略)

理由

被告が原告主張の請求原因(一)に記載のとおり昭和三〇年五月一九日原告を懲戒解雇したことは当事者間に争のないところである。よつて被告の主張する解雇理由を順次判断し右解雇が不当労働行為であるかどうかを検討する。

一、被告主張の解雇理由

(1)の点について

証人大野源治の証言によれば、原告は被告のロール工場製練職場に勤務中昭和二九年七、八月頃喫煙場所以外のところであるボイラー室で数回同僚と共に三、四〇分間喫煙し雑談していたこと及びその頃被告会社では午前と午後に喫煙時間と称し作業の合間を見て一〇分位喫煙のための休憩を与えていたこと、したがつて原告は所定の喫煙時間を超えて職場を離れたことが認められる。

右事実によれば右の三、四〇分の内一〇分位を超える時間は無断職場離脱であるというべきである。しかし喫煙時間の厳守は職制から度々通告してあるのに拘らず原告は性格的に職制を軽蔑しこれに従わなかつたとの事実を認むべき証拠はなく、却つて証人関口崇原告本人及び被告会社代表者津下綱平の供述によれば、当初喫煙時間は煙草一本を喫う五分位の時間とされていたが、その当時現実には作業の状況によつてその時間が一〇数分にも及ぶことがあつて、守られなくなつておりまた職制からもその厳守を命ぜられてはいなかつたことが認められる。右認定に反する原告本人の供述は措信しない。

(2)の点について

昭和二九年九月七日午後三時頃原告が渡辺伊三の件で伊藤係長に抗議的交渉をなし職場を離脱したことは原告の認めるところであり、この事実と証人渡辺伊三、伊藤悟の証言及び原告本人の供述によれば、渡辺伊三は当初期間二ケ月の約束で臨時工として被告に雇用され、勤務成績によつては本採用になる旨告げられ、また伊藤係長からも勤務に精励すれば、期間満了の際本工として採用される旨告げられていたので、本工に採用される期待をもつて精勤していたところ期間満了の日である前記日時頃同係長から意外にも突然本工として採用されない旨告げられたので、荏原支部書記長であつた原告に伊藤係長から前言に異る取扱を受けた旨を不満を伝えた。そこで原告は被告の臨時工取扱の態度に不満を感じ同日午後三時頃から午後四時頃まで伊藤係長に対し本採用とされなかつたことについて詰問し、その間無断で作業に従事しなかつたこと及び原告は昂奮のため発言が多少激していたことが認められる。

しかしその際原告が伊藤係長を脅迫的に吊し上げてその行動の自由を奪い、またその職場を混乱させたとの事実を認むべき証拠はない。

(3)の点について

原告が露崎、山崎と共に三〇分位休憩したことは原告の認めるところであり、この事実と証人関口崇、大西誉久、千代田政雄、露崎清、被告会社代表者津下綱平の各供述を総合すれば、原告は同年一二月二八日ロール職場からビニール職場に臨時に応援を求められ、ビニールレザー絞押作業に従事していたが同僚の露崎及び山崎と共に煙喫のためゴム職場の休憩所に赴き約三〇数分休憩したこと及び当時被告会社では前記のように昼食休憩時間の外に午前午後の各一回煙草一本の喫煙時間が与えられていたが次第にその時間が長くなり一般従業員は一〇分から一五分位休憩しこの程度の時間は職制において黙認していたので、津下工場長は着任してから休憩時間を厳守させるため同年一二月か一月頃以降一回五分位とする旨指示したけれども、当時直ちに右の習慣が改められず五分以内とすることが一般的に励行されていなかつたことが認められる。

右事実によれば前記一二月の末頃において一〇数分の休憩は特に非難さるべき職場離脱というに足りないわけであり、これを超過して三〇数分に及んだ点において無断職場離脱と認めるべきである。

被告は原告が露崎、山崎を誘つて職場を放棄させた旨主張するけれどもこれを認むべき証拠はない。

(4)の点について

この点に関する乙第六号証の記載と証人関口崇の証言は原告本人の供述に照し措信し難いところであり、他に原告が被告主張のように荒川に対し同女が迷惑に感ずる程被告会社に止まるよう強要したとの事実を認むべき証拠はない。

(5)の点について

喫煙時間について前認定のとおり津下工場長が着任して所定の時間厳守を注意した昭和二九年一二月頃までは一〇分ないし一〇数分が通例であり、その後その時間は一服に要する五、六分に制限されたのであるけれども、証人千代田政雄、大西誉久の証言によればその時間が一〇分を超す場合には注意を与えることもあつて、依然として命令を守らない者があつたが原告は他の者より多少喫煙時間が長かつた傾向があり注意されたことのあることが認められるに止まり如何なる場合にどの程度その時間を守らなかつたかの具体的事実を認めるに足らずまた右の遅延によつてどの程度作業に影響を与えたかは判然しない。

(6)の点について

アカハタを工場内に配布したことは原告の認めるところであるが、原告本人の供述によれば、その配布は主として就業時間外になしたものであり、また解雇当時は僅か五、六部を配布したに止まりかつ就業時間中の僅かの配布も組合の印刷物と共に配布したもので、そのため特に他の従業員の作業を阻害したり職場秩序を甚しく乱す程度のものでないことが認められる。しかし就業時間中の職場離脱は正当のものとはいえない。

(7)の点について

証人青柳松蔵の証言によれば昭和三〇年五月五日午後五時から八時頃まで原告はゴム配合職場において残業を命ぜられたのであるが、その時刻頃次の月の生産会議に組長、班長が出席したので、その直接の監督を受けないで原告ら五、六人はゴム剥ぎ作業に従事したこと及びその間雑談をして作業を怠つたため全員の作業成績が予定量に及ばなかつたことが認められる。しかし原告が昼通し作業反対の演説又は説得をなし職場を放棄し、及び他の従業員をして職場を放棄させて作業を妨害したとの事実を認むべき証拠はない。

(8)の点について

被告会社荏原工場のビニール部門(同工場にはビニールとゴムの両部門があつた)において当時既に昼通し作業が実施されていたことは原告の明に争わないところであり、同年五月九日原告が職場委員会に出席し午後一時十数分頃伊藤係長がその場に原告を迎えにきたので職場に帰つたことは原告の認めるところである。この事実と証人伊藤悟の証言により成立が認められる乙第二号証の記載と同証言及び証人大西誉久の証言によれば、原告は昼休み時間から開催された職場委員会に傍聴のため出席し(原告は中央執行委員であつて職場委員ではない)昼通し作業実施の問題が討議されたのであるが、午後一時の作業開始時刻に大西班長が職場に帰るよう原告に伝えたのに拘らず右委員会に出席を続け午後一時二〇分頃伊藤係長がその現場に原告の出席していることを見て更に復帰を命令したのでその頃漸く職場に帰つたことが認められる。

右認定に反する原告本人の供述は措信しない。

なお被告は当時職場従業員も支部委員会もゴム職場において昼通し作業を実施することを諒承していたと主張するけれども、この事実を認むべき証拠はなく、証人大西誉久の証言によれば、少くともゴム職場においては昼通し作業について従業員全部が承諾していたものでないことが認められる。

(9)の点について

証人亀山信司と原告本人の供述によれば、原告は組合用務のため同月一〇日と一一日の両日会社から休暇を得ていたが、一一日の荏原支部委員会に出席し昼通し作業実施の問題を討議したこと及びその会議の始まる際同委員会は右問題につき態度を定めていなかつたので、賛否両論が出て原告は強硬に反対意見を表明したが、結局同日夕刻会社の実施方針を諒承することにきまり以後原告は昼通し作業には反対意見を表明しなくなつたことが認められる。

右認定に反し原告が同日昼通し作業準備会に出席したとの点及び当時支部委員会において昼通し作業を諒承していたとの点を認むべき証拠はない。

この点について被告会社代表者津下綱平の供述によれば、同月九日当時被告会社は昼通し作業の実施について職場委員、支部役員及びカレンダー職場の従業員らは被告会社の方針を諒承していたことが認められるに止まりゴム部門におけるカレンダー関係以外の職場の従業員とか支部組合がその実施に同意していたことを認めるに足らず、したがつて被告の主張するように組合及び従業員において昼通し作業の実施に賛成し、その実施の段階にある際原告がこれに反対し、その実施を妨害したとの事実を認めるに足りない。

以上認定の(1)、(2)、(3)、(6)、(8)の各職場離脱は上司に無断でなされたものというべきであり、なお(2)、(6)、(8)の職場離脱は組合活動と関連し又はそのためのものであるけれども就業時間中に使用者の許諾なくなされたものであつて、正当のものということはできないので、就業規則(乙第七号証、同規則の存在は当事者間に争がない)第六一条第八号の正当な理由なく職場を離脱し、作業を放棄し、業務の運営を阻害した場合に一応当るように見える。

ところで被告会社の就業規則第五九条は懲戒に譴責、減給、出勤停止及び懲戒解雇の四種を定め、第六〇条に譴責、減給、出勤停止に処すべき事由を規定し、第六一条に懲戒解雇事由を列挙し、但し情状により減給又は出勤停止に処することがあると規定していることは当事者間に争のないところであり、この事実と成立に争のない乙第七号証(就業規則)の第六〇条、第六一条の列挙事由を対比するとき及び第六一条第一一号に前条各号に該当し情状重きものと規定していることに鑑み、労働者の非行に対する懲戒処分は情状の軽いものから重いものに順次段階に把握し、情状の悪質重大なものを懲戒解雇とする趣旨であることを看取するに難くない。

この観点に基いて前認定の原告の行動を見ると(1)、(2)、(3)、(6)、(8)の各箇の職場離脱はそれ自体として懲戒解雇に値する程悪質重大とは考えられないところであるけれども、(8)の職場離脱は労働条件に関する職場委員会の会議の傍聴のためとはいえ職制の就業命令に従わなかつたものであるので、その以前の右職場離脱の事跡に照して使用者の服務命令に対し原告がこれを軽視する勤務不熱心を徴表したものという外はない。

そして懲戒権の発動は社会通念に照し著しく苛酷不当と判定されない限り使用者の裁量に委ねられていると解するのが相当であるので、軽微な違反は、その発動としてなされた法律行為の無効をきたすものでないというべきである。

してみれば、被告が原告の前記服務命令違反の悪質性に着眼し懲戒解雇の措置を採つたとすれば、その処分は多少苛酷の嫌なしとしないけれども、解雇を無効ならしめる程度の不当な懲戒権の発動と判定すべきかどうか疑問といわねばなるまい。

しかしながら本件解雇が、被告において果して右のように服務命令違反の職場離脱自体を理由としてなされたものであるかどうかは更に検討を要するところである。

被告会社代表者津下綱平の供述によれば、原告の勤務時間を厳守しない職務不熱心による作業の阻害とこれに伴う前記服務命令違反が本件解雇の動機の一つであつたことは否定さるべきではないけれども、被告の主張するところの弁論の趣旨と津下代表者の供述によれば、被告は昭和三〇年五月初旬頃作業能率を挙げるために既にビニール職場に実施していた昼通し作業をゴム職場に実施しようとしたところ、会社に協力的であつた荏原支部委員会の幹部及び多数の現場従業員は強いてこれに反対しなかつたのに拘らず原告は特に強硬に反対し会社の右実施を阻害し職場秩序を混乱させたというのが直接且つ重要な動機であつたことが認められる。このことから、原告が若し同月九日の職場委員会に出席したことを他の目的の集会例えば職場の慰安会に置き換えたと仮定し、かかる会に出席して就業命令に違反し、二〇分位職場を放棄した場合であつたとすれば、被告は懲戒解雇の措置には出なかつたであろうことが容易に推察できるわけである。

ところで、原告が昼通し作業の実施に反対したのは、原告本人の供述によれば、被告会社の作業実施方針に単に反対のために反対したのではなく、昼通しによつて昼食時間が繰り下げられるため労働者に苦痛を増すこと及び昼通しによつて作業能率が増加する反面残業時間が減少し、結果的に労働者の賃金収入が減少するものと考えたためであつて、職場において会社の方針に反対するものは原告だけではなかつたが原告が強硬に反対意見を表明したことが認められる。してみれば被告の主張する原告の昼通し作業反対の言動は労働条件につき労働者の利益のためになされたものであるので、組合員たる原告のかかる言動は組合員一般の利益のために団結権擁護の前提においてなされたもので、本来の組合活動といわなければならない。したがつて右の行動により従業員の気持の動揺による職場の平静が攪乱されても、組合員全般の利益を目的としてなされた以上当然の結果として使用者の忍受すべきところであつて、これを非難することは当らない。

被告は原告の右反対表明は支部組合の定めた方針に反するもので、組合活動としての正当性を欠く趣旨に主張するけれども、同月九日当時組合は昼通し作業実施を諒承していなかつたのであつて、同月一一日夕刻にその実施に異議ない態度を決定したことは前認定のとおりであるばかりでなく、たとい労働条件が組合と会社との協定によつて定つたものであつても、労働者の有利のために労働条件について批判し意見を表明することは本来の組合活動として自由になし得るところであるので、そのために他の組合員に与えた心理的影響について、被告から非難さるべき筋合はない。

したがつて被告の右主張は理由がない。

右認定事実によれば、被告は原告の昼通し作業実施に対する反対意見の表明を非難する限りにおいて原告の正当な組合活動を嫌悪する意思を表明したものというべきであるが、更に証人大西誉久の証言によれば喫煙時間を超過したのは原告ばかりでなく他にもあつて、特に原告だけが顕著にその時間を守らなかつたものではないことが認められるし、また証人亀山信司、梅沢渉の各証言と原告本人尋問の結果によれば、原告はその主張のとおり被告会社に入社と同時に組合に加入し、組合役職に就き常に活溌な組合活動をなし、団体交渉においても有力な発言者として被告会社側は原告の発言に留意すると共に原告が組合のために強硬意見を表明するので平素から好ましくないと見ていたこと及び原告が同年五月一四日夕刻津下工場長に呼ばれて会社から解雇の意図を表明された際同工場長は原告に対し昼通し作業実施につき原告から反対されたため四月末実施の予定が五月中旬に延ばされたが、これでは工場長として正当の権限を行使して工場を運営することはできないし、原告のこれまでの組合運動はこの会社には向かないからこれ以上容認することはできない。組合運動をそれだけの信念をもつてやる人間ならば、それを生かして炭鉱等外の会社に行つてもらいたいと述べ前記八項目の解雇理由を告げたことが認められる。

以上の事実を総合すれば、被告会社は原告が勤務に不熱心でありながら昼通し作業という会社の経営方針に反対して職場を攪乱するという非協力的人物であることを嫌悪したのは解雇の動機の一つであることは否めないけれども、会社の主張する解雇事由は表面の理由であるに止まり真の動機は平素から組合活動に熱心であつて労働条件につき労働者のために強硬な意見を表明するので、好ましくないと見たためと認めるべきであつて、本件解雇は組合活動を決定的理由とする不利益取扱というべきであり、しかも組合活動である昼通し作業の実施を反対したことが直接重要な動機と認められる以上その不当性は重大であるので、労組法第七条第一号民法第九〇条に則り無効のものと判断するのが相当である。

してみれば原告と被告との雇用契約は依然存続しているものというべきところ、被告がこれを否定して争つていることは弁論の趣旨に照し明らかであるので、原告の請求を正当として認容すべきである。

よつて民事訴訟法第八九条を適用し主文のとおり判決する。

(裁判官 西川美数 大塚正夫 花田政道)

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